金 明美
研究概要
情報技術の進展は、一方で個人化を進め、地域の環境に応じて人々が長い時間をかけ作り上げ、運営してきたコミュニティの急速な崩壊をもたらしています。人々が自らの身体的感覚を頼りに、自然や他者とコミュニケーションする中で形成してきた大切な「情報」が失われつつあります。私はこれを地域特有かつ人間と自然の関係という普遍的問題へ繋がる重要な生活文化と捉え、その現地調査を行い、情報社会化が進む世界における人間と自然の共存や持続可能な社会の形成にとり必要な「情報」とは何かなどを探究しています。
東シナ海域の基層文化への生活文化からのアプローチ
長い歴史の中で生活文化を見直すとき、今の国境が昔からあったという考え方自体の相対化が必要です。私は日韓中の境界域となる東シナ海域の諸地域の調査を行っていますが、これら諸地域間には、古代から海を介した相互交流がありました。国境が明確化された近代以降、それは著しく途絶えましたが、現在もそれらの地域の生活文化を丹念に調べると、共通基盤の痕跡が様々見られます。国境を越えた基層文化の見直しは、今後のよりよい国家間関係の上でも大切といえます。
コミュニティ形成とコスモロジー・祭り・身体文化・ジェンダー
人間が社会を築く上でまず重要なのは、日々の糧を得る生業であり、それは環境との関係の中で形成されてきました。しかし、生活には諸災害によるリスクはつきもので、どんな社会でも生活を円滑にするための集団や共同体を形成し、その中で柱となる考えや世界観(コスモロジー)も生み出してきました。それは祭りに象徴的に表れています。地域の祭りがどのように人々の暮らしと関係して成立、継続してきたのかを身体文化やジェンダーの観点、さらに人間社会を支えている人間以外の諸観点も取り入れつつ検討することで、自然と人間が共存するコミュニティ作りのヒントが得られるのではないかと考えます。
文化人類学とフィールドワーク、多文化/自然主義の検討と「人間」科学
生活文化の多くは、日常当然であるゆえ、文字化されず伝達されてきました。調査方法としては、現地滞在型のフィールドワークが適しています。まさに私が専門とする文化人類学の要となる調査法です。現地の人々とのコミュニケーションにより、調査者自身も「自文化」を相対化しつつ「異文化」理解を深めていきます。いわば自己省察により推論と検証(トライアンドエラー)を繰り返していくアブダクションの方法です。また、そこでは全体的アプローチを重視し、例えば祭りを研究するにしても、それを生活文化の文脈に位置づけます。さらに、より大きな環境の中で人間以外の他者の観点を踏まえるなど、新たな考え方や見方の発見を通して「人間」科学への貢献を目指します。
拙著:日本語版(2015.8、右)と韓国語版(2017.3、左)
海に向かって立つ壱岐島の地蔵(右)と済州島のシャーマンの儀礼(左)
中国・舟山群島の蝦峙島の村祭で女性たちが準備した食事(右)と韓国・済州島の海岸村落の労働現場(左)