狩野 愛
研究概要
社会や政治的課題に対して、芸術的な手法でアクションをするアーティスト、市民による文化的実践(アート・アクティヴィズム)について、社会的、文化的、政治的、メディア的な観点から研究しています。とりわけ、感情やコミュニケーション、イメージやコンテンツ、知識や情報など非物質的生産が支配的な資産にとって代わられた情報資本主義の社会において、文化や芸術による抵抗の表現やアクションは、経済的利益を志向せずに社会を批評することのできるオルタナティヴな方法論になりえます。アートは身体や感性、知性に訴えるコミュニケーションを可能にするツールとして、周縁化された社会的イシューや多種多様なマイノリティの意見を可視化したり、テクノロジーの進展で可能になった人間の生の監視・管理の矛盾や課題を検討する視点を与えてくれます。
アート・アクティヴィズムの実践主体
アートをメディアに、フェミニズム、反戦・反核、格差問題、ジェントリフィケーションなど社会的課題に取り組む主体には、アーティスト、アクティヴィスト、科学者、文化批評家、アマチュアなど様々な人々がいます。私はその中でも、アート・コレクティヴと呼ばれるグループで価値観や倫理観をある程度共有した人たちによる参加、対話、プロセス、リサーチ、協働制作を重視したプロジェクト型の文化的実践に着目してきました。
参与観察を含むフィールドワークを通して、アート・コレクティヴ間のネットワークやコミュニケーションのあり方を考察したり、コレクティヴ内のヒエラルキーや運営についても分析しています。
アート・アクティヴィズムにおけるメディア研究
アート・アクティヴィズムの実践では、木版画、チラシ、演劇、ラジオ、新聞、ソフトウェア、ソーシャルメディア、バイオテクノロジーなどあらゆるものがメディアとして使われています。目的に応じてどのメディアを使うか選んだり、コレクティヴによって使うメディアが異なったり様々です。アート・アクティヴィズムの実践者は物理的、技術的な生産手段を支配することはできませんが、消費の仕方を文化の使用方法によって自ら創造した情報やイメージを流通させることができます。アクティヴィズムという目的をもった実践では、ひねりの効いたメディアの使用法、あるいはグレーゾーンの課題に対する市民参加のアプローチなどクリエイティヴな方法論を見ることができます。これまでアートの表現は、メディア論研究者にとってインスピレーションを与えてきましたが、メディア、アート、アクティヴィズムを繋いだ実践は現在も情報社会の盲点をついた社会批評のあり方を提示しているといえます。
越境するメディア文化
アート・コレクティヴの実践者や、実践される空間や組織は、草の根で繋がるネットワークやコミュニティを形成しており、トランスローカルに広がっています。私はトランスローカルという用語を、国や都市ではなく特定の場所や人々とまた違う特定の場所と人々が、点と点で繋がるイメージを指し示す際に使っています。そのネットワークでは国境を越えて、ローカルな課題に対する各コレクティヴのアクション、思想、方法論が個人的なコミュニケーションやソーシャルメディアを通じてシェアされ、お互いを刺激し合い、時にコラボレーションしたりと、このコロナ禍においても流動的に細く長く展開されています。そのようなコミュニティで生成される文化を、時間と空間という二つの軸を持って観察することも行なっています。